![Creating Through Contemplative Wandering and Restless Exploration[Part 1 ]](http://tabaya-unitedarrows.com/cdn/shop/articles/img-1746143785212_e54202ae-8e70-4324-a069-f4c89e7eebdc.jpg?v=1746168543&width=2500)
迷い、揺れながら産む【第一話】
山田隆太郎の器
刷毛目(はけめ)や粉引(こひき)の力強く多彩な表情が印象的な山田 隆太郎さんの作品。ひとつひとつに個性を感じさせる自然な風合いは、素朴さや繊細さと日常的なシーンでの使いやすさが融合しています。

故・青木亮の窯
作家の山田 隆太郎さんは、2014年に神奈川県相模原市に工房を移し、故・青木亮氏の窯と作業場を受け継いで作陶しています。
「もともと青木さんの作品を見に来たことがきっかけで、こちらを借りることになりました。青木さんの作品は土と釉薬だけのシンプルな要素なのに、粉引や刷毛目、白釉、焼締など多彩な表現に挑んでいました。気に入った作品を手元に残していたということもあり、彼が作陶していた工房で作品を見てみたくて訪れたのです。『この場所を借りないか? 』といわれたとき、自分でも薪窯で作品を作ってみたいという思いがありました。青木さんの窯には薪窯が二つあり、ひとつは古い電気窯を改造したものでいまは使っていませんが、登り窯の方はいまもいろいろと試行錯誤しながら作品を作っていくのが面白いです。さらにもうひとつ自分でも薪窯を用意して、作品によって使い分けています。他に灯油窯を3つ置いてあり、こちらは安定して焼き上がるのでお皿などの食器をメインに焼いています」

敷地には窯と制作中の作品が点在している。

さまざまな形、色、質感。

昔ながらの縁側や障子など、気温は寒くともどこか心が温まる。
死ぬか、陶芸をやるか
そもそもどうして陶芸家を目指すことになったのでしょうか。
「もともと美術大学に通っていたのですが、パニック障害と脱毛症を併発してしまい、実家を頼ってモラトリアムのような時間を過ごしていました。そんなときに、いまの妻が同級生だったこともあり、セラピー的に陶芸教室を薦めてくれたのがきっかけです。アルバイトをしながら通っているうちに陶芸が思いのほか楽しくなり、お金もコネもなかったのですが、陶芸家として生きていきたいと思うようになりました。当時の自分としては、このまま死ぬか、陶芸をやって生きていくかという選択です。本格的に食べていく道を模索していると、やはり産地で勉強してみたくなります。そこで色々と調べていたら、岐阜県の多治見市が若手の面白そうな作家も輩出していて興味が湧いたのです。『多治見市陶磁器意匠研究所』の存在を知り、移住することに決めました」

じっくり考えながら、丁寧に言葉を選ぶ様子が印象的。

試行錯誤の片鱗がうかがえる。

素朴な佇まいでありながら、独特の色気を感じさせる作品たち。
多くを学んだ多治見
多治見に移った山田さんは、昼間は学校で授業を受けながら歴史や技術を学び、ロクロをひいて技術を学びました。そして夕方になると焼き物の工場やいろいろな現場にでかけ、お茶碗を一個作ってお金をもらうという作陶の下仕事をこなしながら、作家としての足腰を鍛えたそうです。制作とアルバイトに明け暮れる日々を過ごしながら3年が経った頃、本格的な作家活動を開始し、クラフトフェアなどに参加しながら自分の作品を売り始めます。問屋と新規取り扱い作家として契約をして販路を広げ、制作から販売までの一通りの作業をこなしていた日々を「自分でいろいろと突破しながら経験を身につけていた時代」と振り返ります。
「多治見では本当に多くのことを学びました。原料も釉薬も窯も揃っていて、専門店やプロフェッショナルも多い。何もないところから始める自分にとっては理想的な環境だったと思います。でも、当然陶芸家やアーティストも多いし、いろいろな噂話やちょっとした派閥のようなものも理解できるようになってきて、もともと器用な方ではないのでなじめなくなってきました。それでだんだん窮屈になってきて、30歳での結婚を機に生活の場を変えてみようと思ったのです」

粒度の違う赤土に白をブレンドするなど、土は産地よりも質で選ぶ。

ロクロの音だけが響く空間はまるで瞑想しているような気分になる。

いわゆる“作家もの”でありながら、普段でも使いやすい山田さんの作品。
時代と密着することから抗えない
山田さんの作品はオーセンティックな焼き物の風情を纏いつつも、どこか現代風で料理を選ばない使いやすさが魅力です。ホテルやレストランからも人気を集める理由について伺うと「自分のことは近すぎてピントがボケてしまい、正直よく分からない」と話します。
「作りたいもの、作れるもの。売りたいもの、売れるもの。それぞれ違いますよね。自分でもいろいろなことを考えながら器や作品を作っていますが、作り手の正解は作家が決めることだし、買い手の正解はお客様が決めること。なので“これだ!どうだ!”という押しつけがましさがないことは、結果的に使いやすさや馴染みやすさに繋がっているかもしれません。でも、振り返ると2010年代に出て来た作家という雰囲気や、この時代に密着している感じは拭えないと思っています。それはこの時代に生きているので仕方がないことです。窯から出てきた焼き上がりを見て、考えて、次の方法を模索して、少しずつ変わっていく。その先に辿り着く境地のようなものがあるかもしれないし、まだ辿り着いていない身としてはなんともいえない。ただ、家庭料理のように毎日同じに思えて、少しずつ変化するから飽きない。そういう部分は意識しているかもしれません」
考えながら、ぽつりぽつりと話すひとことには、作家の重みを感じます。これまでぼんやりと抱いていたイメージが、本人による等身大の言葉によってとてもリアリティを持つようになりました。第二話では、実際の作陶風景に迫ります。

製作中の作品などが整然と並ぶ。

土と熱。プリミティブな要素から生まれる自然味のある風合いが特徴。

どんな料理を盛り付けようか、つい想像が膨らんでしまう。